佐賀地方裁判所 昭和60年(行ウ)1号 判決 1985年12月11日
原告 井上邦夫 外二六名
被告 三日月町 小城町 三日月町教育委員会 小城町教育委員会
訴訟代理人 篠崎和人 浜屋和宏 河野善久 城野武弘 阿蘇清 外八名
主文
原告らの本件訴をいずれも却下する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 別紙原告目録(一)、(二)の原告(保護者)欄記載の原告らは、同目録子ども欄記載の子どもを同子どもが満六歳に達した日の翌日以後における最初の学年の初から満一二歳に達した日の属する学年の終りまで小城町立桜岡小学校に、同小学校の課程を終了した日の翌日以後における最初の学年の初から満一五歳に達した日の属する学年の終りまで小城町立小城中学校に就学させる権利を有することを確認する。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 本案前の答弁
主文同旨。
三 本案に対する答弁
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 被告小城町は、地方自治法二条三項五号により小城町立桜岡小学校及び小城町立小城中学校を設置してこれを管理する者であり、被告小城町教育委員会は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条により小城町立桜岡小学校及び小城町立小城中学校の学齢生徒及び学齢児童の就学並びに生徒、児童及び幼児の入学に関する事務を管理かつ執行する権限を有する者である。
(二) 被告三日月町は、地方自治法二条三項五号により三日月町立三日月小学校及び三日月町立三日月中学校を設置してこれを管理する者であり、被告三日月町教育委員会は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律三条により三日月町立三日月小学校及び三日月町立三日月中学校の学齢生徒及び学齢児童の就学並びに生徒、児童及び幼児の入学に関する事務を管理かつ執行する権限を有する者である。
(三) 別紙原告目録(一)記載の原告らは、佐賀県小城郡三日月町大字久米字甘木(以下「甘木地区」という。)に住所を有する者で、憲法二六条、教育基本法三条、四条、学校教育法二二条により同目録の子ども欄記載の子どもを、同子どもが満六歳に達した日の翌日以後における最初の学年の初から満一二歳に達した日の属する学年の終りまで小学校に、小学校の課程を終了した日の翌日以後における最初の学年の初から満一五歳に達した日の属する学年の終りまで中学校に就学させる権利を有し、子どもに対してその義務を負つている保護者である。
(四) 別紙原告目録(二)記載の原告らは、佐賀県小城郡三日月町大字久米字本告(以下「本告地区」という。)に住所を有する者で、憲法二六条、教育基本法三条、四条、学校教育法二二条により同目録の子ども欄記載の子どもを、同子どもが満六歳に達した日の翌日以後における最初の課程を終了した日の翌日以後における最初の学年の初から満一五歳に達した日の属する学年の終りまで中学校に就学させる権利を有し、子どもに対してその義務を負つている保護者である。
2 桜岡小学校、小城中学校に就学する慣習、合意の成立
(一) 小城町、三日月町の概要
小城町、三日月町は、いずれも小城郡内に所在し、両町は隣接する。小城町は、土地面積四五・二九平方キロメートル、総人口一万四〇九三人、農家人口五九五七人、耕地面積一四四〇ヘクタール、三日月町は、土地面積二〇・三〇平方キロメートル、総人口八三四一人、農家人口四六七八人、耕地面積一三七〇ヘクタールで、総面積のうち耕地の占める割合は、小城町では三一・八パーセント、三日月町では六七・四パーセントである。小城町は、古くは城下町として栄え、商店街を中心とする市街地が中心となつて発展し、現在も町役場を中心に人口の約三割が市街地に集中するとともに、新興住宅地を持ち、佐賀市、多久市のベツトタウン的な機能を果している。他方、三日月町には、小城町のような中心となる市街地は存在せず、大きくても人口一〇〇〇人から二〇〇〇人の集落が田園地帯に点在しているだけの典型的な農村型集落で、人口の流出、流入が少ない。
(二) 甘木、本告両地区と小城町、三日月町の社会的、経済的関係
(1) 甘木、本告両地区は、三日月町の中心部から離れた同町の北西端に位置し、小城町と三日月町の隣接地に存在する。国鉄小城駅は、三日月町甘木地区に存在し、小城町の表玄関として機能している。国鉄小城駅から北方に甘木地区の商店街が形成されているが、その商店街は、小城町役場方面に商店街として連続してつながり、甘木地区の商店街と小城町の商店街はあわせて駅前商店街と呼ばれ、甘木地区と小城町の商店を区別する呼び名はない。
(2) 甘木、本告両地区の住民の多くは、いわゆるサラリーマンで、居住地も商店街や公共施設等の周辺に密集した市街地を形成している。他方、三日月町の他の住民の多くは農家であり、所有する田畑の周辺にいくつもの小集落を作つている。したがつて、甘木、本告両地区は、小城町の生活圏とのつながりを強く持つている。
(3) 甘木、本告両地区の中心部から小城町役場までの所要時間は一〇分から一五分しかかからないが、三日月町役場までは約三〇分から四〇分かかる。また、小城警察署までは五分から一〇分しかかからないが、三日月町の派出所までは三〇分から四〇分かかる。小城町中央公民館までは一〇分位しかかからないが、三日月町の公民館までは三〇分から四〇分かかる。
甘木、本告両地区の住民は、小城町の中心的商店街である小城駅前通、小城役場前通で買物をすることが多く、小城町内の小城公園、小城町桜岡小学校区内の中央公民館、老人センター、社会福祉会館、小城町立病院、坂田病院、平松病院を多く利用している。
(4) 社会学者クツクは、同一地域社会を構成するためのメルクマールとして、<1>人口の集団であること、<2>隣接した一定の区画に住むこと、<3>歴史的伝統を持つこと、<4>一連の基本的サービス施設を共有すること、<5>共通の生活様式を有すること、<6>統一の意識様式を有すること、<7>団体としての行動をとりうること、の七点を指摘しており、この基準に照らしても、甘木、本告両地区は、小城町と同一地域社会を構成していることが明らかで、三日月町の他の地域との関係では、右<5>ないし<7>の諸点において関連性がはなはだ弱い。
(5) 以上のとおり、甘木、本告両地区は、経済、産業、交通、医療、スポーツ、娯楽、休息等全般において小城町桜岡小学校区と一体となる生活圏を形成しているというべきである。
(三) 甘木、本告両地区と桜岡小学校、小城中学校との関係
甘木、本告両地区から三日月小学校、三日月中学校までの通学距離は約三ないし四キロメートルもあるが、桜岡小学校までの通学距離は、近いところで三〇〇メートル、遠いところでも約一キロメートルで、桜岡小学校、小城中学校への通学距離の方が近い。
甘木、本告両地区は、以上のように、地理的にも社会的にも文化的にも密接に小城町と結びついていたため、小城町内の小学校、中学校への通学は、桜岡小学校については明治六年の、小城中学校については昭和二二年の各創立以来現在に至るまで継続されている。昭和二八年学校教育法施行令九条によつて区域外就学が規定されると同時に、甘木、本告地区は同条の対象地区とされ、以後一貫して小城町、三日月町の教育委員会の協議にのぼり、両地区の住民の子どもの桜岡小学校、小城中学校への通学を認めてきた。そして被告らは昭和三一年甘木、本告両地区の住民の子どもに限つて桜岡小学校、小城中学校への就学を正式に認めることとなり、甘木、本告両地区から桜岡小学校に通学する人数は年々増加し、昭和四〇年からは二〇パーセント以上、昭和五〇年以後は三〇パーセント以上を占めるようになつた。ここにおいて、甘木、本告両地区の子どもは桜岡小学校、小城中学校に就学できるという慣習が認められ、右両地区の住民と被告らとの間にはその旨の合意が成立し、以後現在に至るまで右両地区の子どもらは、この慣習、合意どおり桜岡小学校、小城中学校に就学し続けてきている。
3 桜岡小学校、小城中学校に就学させる権利の存在
(一) 憲法二六条の教育を受ける権利は、憲法二五条を受けていわゆる生存権的基本権のいわば文化的側面として保障されているが、その背後には、国民各自が一個の人間として、また一市民として成長発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な固有の権利を有すること、特にみずから学習することのできない子どもは、その学習要求を充足するための教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有するとの観念が存在していると考えられる。そして、子どもの人間的な成長は、主に学校におけるいわゆる生活指導においてのほか、基底的には家庭、地域に住み、生活し、育つことを通じて保障されるものであるから、本件における子どもの生活圏、居住圏、通学圏は、まさにそのような場として、子どもの人間的な成長にとつて特に重要な教育的条件といえる。
したがつて、憲法二六条は、単に教育を受ける機会を何らかの形で保障しているというにとどまらず、教育を受ける者の生活圏、居住圏、通学圏などからしてその者にとつて最もふさわしい学校への就学を求めうることを内容として保障しているものと解される。
(二) 公立小、中学校の通学区は、現在広狭二義に用いられ、広義には市町村、特別区の区域を意味し、狭義には市町村、区教委が学校指定の運用基準として設定する各学校の区域を意味する。そして、前者の場合、現行法上、他の市町村、特別区内の学校に入学するには区域外就学(学校教育法施行令九条)の手続によらねばならない。しかし、右の通学区制は例外を許さない鉄則と解すべきではない。そもそも通学区は、子どもの教育を受ける権利を具体的に保障するように設定されるべきであるから、それにより特定の子どもの権利が損われるような場合には、子どもは行政区を越えて別の行政区の学校に就学することを憲法上保障された具体的権利として教育行政当局に要求できるというべきである。
本件では、甘木、本告両地区は、行政区分とは無関係に小城町と密接不可分に結びついた地域社会を歴史的に形成してきたのであるから、「同一地域社会の住民は同一学校へ」という教育条理上の大原則に基づき、甘木、本告両地区の子どもは、単に事実上のものにとどまらず、憲法二六条の教育を受ける権利が甘木、本告両地区の子どもにとつて最もふさわしい内容として法的に具体化された権利として、桜岡小学校、小城中学校に就学できる権利を保障されたものと理解しなければならない。
(三) 甘木、本告両地区の住民は、甘木、本告両地区が小城町と不可分一体の地域社会を形成していることに注目し、その同一地域に居住したものであるから、確立した慣習に支えられた同一地域の住民が同一地域の学校に就学する権利は、憲法二二条で保障された居住権の一部をなす。同時に以上の就学権は、国民の健康で文化的な生活を営む権利の重要な一部でもある。
以上のとおり、甘木、本告両地区の住民が桜岡小学校、小城中学校に就学する権利は、憲法二二条、二五条により支えられた権利である。
(四) 保護者がその子どもを小、中学校等の義務教育諸学校に就学させる義務があることは学校教育法二二条、三九条に規定されているが、憲法二六条、教育基本法三条、四条、学校教育法二九条、四条、地方自治法一〇条二項等の趣旨からすると、右就学義務は、子どもの就学を保護者の権利とする趣旨を包含するものであるから、原告らはそれぞれその子どもらを桜岡小学校、小城中学校に就学させる権利があるといわなければならない。
4 就学拒否の違法性
被告らは、甘木、本告両地区の子どもらが桜岡小学校、小城中学校に就学できるという権利を昭和五八、九年に至り突如として否定しだし、昭和六〇年においては桜岡小学校、小城中学校の各新一年生の就学を拒否する姿勢を示した。しかし、甘木、本告両地区の子どもらが桜岡小学校、小城中学校に就学できるようになつた長い歴史、右両地区の生活圏、居住圏、通学圏としての実態、昭和三一年には被告らも右就学を承認し、これを慣習として認めるとともにその旨の合意が成立し存続してきたこと、右就学の取り扱いが憲法二六条の教育権の具体的な内容として保障されたものであることなどからすると、この権利は合理的な理由もなしにかつ一方的、強行的に奪われてはならないというべきである。
(一) 合理的理由がないこと
(1) 被告らが右の就学権を否認するようになつた最大の理由は、小城町が昭和五八年四月に桜岡小学校に三階建ての鉄筋校舎を建築するに当たり、三日月町に対して約一億円の負担を求めたところ、同年九月に三日月町がこれを拒否したので、甘木、本告両地区の子どもは三日月小学校、三日月中学校に就学させるという姿勢を打ち出し、これに対して小城町も三日月町が経費の負担に応じないのであれば、昭和五九年度の新一年生より就学受け入れを拒否するという姿勢を打ち出したことにある。つまり、本件紛争は、右に述べた費用の負担という金の争いが根本にあるのであり、このような理由のみでは、甘木、本告両地区住民の桜岡小学校、小城中学校への就学を求める権利が否認される根拠とならないことは明らかである。
(2) 被告三日月町、被告三日月町教育委員会は、三日月町の住民は三日月町の学校に就学するのが原則であると主張する。しかし、学校教育法二九条は、市町村がその区域内にある学齢児童を就学させるのに必要な小学校を設置すべきという設置義務(中学校については、同法四〇条)を規定したものにすぎず、このことから当然に当該市町村がその地域内の住民に対し設置した学校に就学を求める権利を有することにはならないし、むしろ同条は、住民から市町村に対する学校設置とその利用を求める権利を保障したものと解される。しかも、本件において、被告三日月町、同三日月町教育委員会は、甘木、本告両地区の住民の桜岡小学校、小城中学校への就学権を認めてきており、甘木、本告両地区の住民に対し三日月小学校、三日月中学校への復帰を求めることなどしてこなかつたのであり、自らが主張する原則なるものを事実上放棄していたのである。
(二) 手続的にも違法であること
(1) 一般的にある法律関係が長年月にわたつて存続し、それが社会的にも法的にも正当なものとして承認され、その法律関係によつて利益を得ている当事者がいるときに、他方の当事者がこの法律関係を一方的に不利益に変更し、他方の利益を侵害することは手続的にも違法である。
本件においては、保障されるべき利益が教育権という憲法の保障する基本的人権の中でも子どもの人格形成にかかわる重要な権利に関することであり、かつ継続された法律関係の期間も戦後においてだけでも約四〇年間にわたつており、この間一層確かな法律関係として発展していたのであるから、右の手続面の権利保障はより強く要請されなければならない。被告らは、甘木、本告両地区の子どもの桜岡小学校、小城中学校への就学を継続して認めていたにもかかわらず、前記の昭和五八年の桜岡小学校校舎新築の経費負担問題が起きるや、被告三日月町において、昭和五九年度の小、中学新一年生から三日月小学校、三日月中学校に就学させると主張しはじめ、被告小城町もこれに後日同調したのであるが、これは、長年維持した方針を転換するにしては、あまりに唐突である。
(2) その後、甘木、本告両地区住民と被告らとのたびかさなる交渉の末に昭和五九年度の新一年生については、従来どおり桜岡小学校、小城中学校に就学させることが決められ、昭和六〇年度以降の就学については甘木、本告両地区住民と被告三日月町教育委員会との間で協議会を設置して就学のあり方を協議し、その結論を尊重するという合意がなされた。右協議会は、昭和五九年五月一九日、三日月町教育委員会の委員五名、甘木、本告両地区の委員各五名の合計一五名の構成で発足した。同協議会においては、甘木、本告両地区の子どもにとつてどの学校に就学するのが最もふさわしいのかという観点を基本にすえられて協議がなされるべきで、その際には、長年継続してきた法律関係をあえて変更しようとする被告三日月町、同三日月町教育委員会が、変更を求める必要性と正当性を納得のいくような資料を示したうえ説明すべきであるのにかかわらず、発足直後から被告三日月町教育委員会のための昭和五九年度新一年生の教育事務の委託及びその費用の問題に協議の重点が置かれ、肝心の甘木、本告両地区の子どもの就学のあり方についての協議は進められず、昭和五九年八月になつてようやくこの問題がとりあげられたものの、被告三日月町教育委員会は、甘木、本告両地区の子どもは、三日月小学校、三日月中学校に就学させるという結論を一方的に押しつけるのみで、実質的論議はなされないまま同年一二月二四日に右協議会は打ち切られた。
以上の経緯にみるように、被告らは一方的に原告らに結論を押しつけたものであつて、原告らに保障されるべき最低限の保障手続を欠くものであるから、被告らの就学拒否が手続的に違法であることは明らかというべきである。
5 確認の利益
被告らは、いずれも原告らがその子どもを桜岡小学校、小城中学校に就学させる権利を有することを否認しているから、原告らは被告らに右権利の確認を求める訴の利益を有する。
6 結論
よつて、原告らは被告らとの間で、原告らがその保護する子どもが満六歳に達した日の翌日以後における最初の学年の初から満一二歳に達した日の属する学年の終りまで小城町立桜岡小学校に、同小学校の課程を終了した日の翌日以後における最初の学年の初から満一五歳に達した日の属する学年の終りまで小城町立小城中学校に就学させる権利を有することの確認を求める。
二 被告らの本案前の主張
本件訴が行政事件訴訟法四条後段のいわゆる実質的当事者訴訟として提起されたものとすれば、以下の理由により本件訴は不適法である。
1 被告適格
実質的当事者訴訟は、行政庁を被告とする抗告訴訟と異なり、権利義務の帰属主体が訴訟当事者となるものであるから、行政庁である被告三日月町教育委員会、同小城町教育委員会は被告適格を有せず、本件訴のうち右各教育委員会を被告とする部分は不適法といわざるをえない。
2 確認の利益、争訟性
実質的当事者訴訟における確認の対象は、原則として一定の具体的な権利ないし法律関係の現在における存否であり、将来発生すべき権利ないし法律関係は、具体的な権利ないし法律関係として現在するものとはいえない。したがつて、たとえそのような権利ないし法律関係の将来における成否について法律上疑問があり、これに関して現在当事者に争いが存しても、確認の対象とするには適しないものといわなければならない。
そこで、本件について右の点を検討するに、地方自治法一四八条三項、同法の別表第四の三の(一)によれば、市町村教育委員会は、学校教育法及びこれに基づく政令の定めるところにより、学齢簿の編成、入学期日の通知、就学すべき学校の指定、出席の督促その他就学義務に関して必要な事務を行い、及び就学義務の猶予又は免除に関する事務を行うことと定められている。そして、市町村教育委員会は、毎年一〇月一日現在においてその市町村に住所を有する者で翌学年小学校、中学校に入学すべき就学予定者について一〇月末日までに、学齢児童又は学齢生徒の氏名、現住所、生年月日、性別、保護者の氏名、現住所、学齢児童又は生徒との関係等を記載した学齢簿を作成しなければならない(学校教育法施行令一条、二条、同法施行規則三〇条、三一条)。更に学齢簿に記載された就学予定者のうちで、国立、都道府県立、私立学校への入学又は他の市町村への区域外就学をする旨保護者から、学校長等就学を承諾する権限を有する者の作成した承諾書又は当該市町村の教育委員会の作成した承諾書を添えて届出のあつた者及び健康診断の結果判明した盲者、聾者、精神薄弱者、肢体不自由者、病弱者を除くすべての就学予定者について、市町村教育委員会は、翌年一月末日までにその保護者に対し、入学期日の通知及び当該市町村の設置する小、中学校が二校以上ある場合は当該就学予定者の就学すべき小、中学校の指定を行わなければならない(同法施行令五条、九条)。
以上が入学期日の通知及び就学すべき小、中学校の指定の手続であり、右通知及び指定の法的性質は、就学学校との関係において具体的な就学義務を発生せしめる命令的行政処分であるとされている。
ところが、別紙原告目録(一)及び(二)のこども欄記載の原告らの子女は、昭和六二年度以降小学校に入学予定の子女であるので、右入学期日通知処分等は一切行われておらず、就学すべき小、中学校の指定処分を行う際の基になる学齢簿にさえ登載されていない。また、原告らは、将来転勤等によつてその子女とともに甘木、本告両地区から転居する可能性があるから、将来確実に発生する権利義務、法律関係ともいえない。
したがつて、原告らには、いまだ特定の小、中学校に就学させるといつた具体的な権利も義務も発生していないといわざるをえず、本件訴は確認の利益を欠き、いまだ争訟性もない不適法な訴というべきである。
更に、原告らが本件訴によつて達成しようとするところは、被告三日月町教育委員会が将来、甘木、本告両地区に居住する原告らに対して行うであろう三日月小学校及び三日月中学校に入学させるべき旨の入学期日通知処分を事前に阻止し、他方被告小城町教育委員会に対しては、原告らに対して桜岡小学校に入学させるべき旨の入学期日通知処分及び就学校の指定処分(小城町には小学校が四か所ある。)並びに小城中学校に入学すべき旨の入学期日通知処分をなすべきことを義務付けようとするものであつて、抗告訴訟としての本質を有することは明らかであり、したがつて、実質的当事者訴訟としての権利関係としては、その適格性を有しないものというべきである。
三 本案前の主張に対する原告らの反論
1 被告適格
確認訴訟は、原告らの権利ないし法的地位を不安に陥れる反対の利害関係人を被告として提起される。被告三日月町教育委員会、同小城町教育委員会は、請求原因1記載のとおり原告らの子どもの入学に関し大きな権限を有しているから、入学に関する法律関係の当事者として被告適格を有するというべきである。
2 確認の利益、争訟性
原告らが請求の趣旨において確認を求めている就学権は、被告主張のように教育委員会の入学期日通知、就学すべき学校の指定によってはじめて発生するものではなく、原告らが甘木、本告両地区に居住しているということによつて憲法上具体的に保障され、現在発生している権利である。ただ、右就学権に基づいて原告らが被告小城町、同小城町教育委員会に対し、その子どもを桜岡小学校、小城中学校に現実に就学させることの履行を求めるには、その子どもが満六歳ないし満一五歳にならなければならないという条件が付されているにすぎない。仮に、被告ら主張のように解すると、被告小城町教育委員会が原告らに対して桜岡小学校、小城中学校への入学期日の通知、就学すべき学校の指定をすることはありえないから、原告らにその子どもを桜岡小学校、小城中学校に就学させる権利は永遠に発生しないことになるが、この結論は不合理である。
したがつて、右通知、指定がなされる以前においても、本訴の確認の利益は存在するし、争訟性に欠けるところもない。
理由
一 本件訴の適法性
1 原告らは、本訴において、別紙原告目録(一)、(二)の各子ども欄記載の子どもを桜岡小学校、小城中学校に就学させる権利を有することの確認を求めているところ、原告らの主張する「就学権」がいかなる性質、内容を有するかが判然としないこともあつて、右の訴がいかなる性質を有し、どの訴訟類型に属するものとみるべきかについては必ずしも明らかとはいいがたいが、原告らの主張する権利義務関係が被告らとの間の公法上の法律関係であるとの観点から、行政事件訴訟法四条後段のいわゆる実質的当事者訴訟として本訴を提起しているものとも考えられる。したがつて、まず実質的当事者訴訟とみた場合の訴の適法性について検討する。
そこでまず、小、中学校の就学手続に関する法令を検討する。市町村教育委員会は、地方自治法一四八条三項、同法別表第四の三(一)によつて、学校教育法及びこれに基づく政令の定めるところにより、学齢簿の編製、入学期日の通知、就学すべき学校の指定、出席の督促その他就学義務に関して必要な事務を行い、及び就学義務の猶予又は免除に関する事務を行う。学齢簿の編成、入学期日の通知、就学すべき学校の指定の手続については、学校教育法施行令一条、二条、同法施行規則三〇条、三一条によつて、毎年一〇月一日現在においてその市町村内に住所を有する者で翌学年小学校及び中学校に入学すべき就学予定者について、一〇月末日までに学齢児童又は学齢生徒の氏名、現住所、生年月日、性別、保護者の氏名、現住所、学齢児童又は学齢生徒との関係を記載した学齢簿を作成しなければならず、同法施行令五条、九条によつて、学齢簿に記載された就学予定者のうちで、国立、都道府県立、私立学校への入学又は他の市町村に区域外就学をする旨保護者から、学校長等就学を承諾する権限を有する者の作成した承諾書又は当該市町村の教育委員会の作成した承諾書を添えて届出のあつた者、健康診断の結果判明した盲者、聾者、精神薄弱者、肢体不自由者、病弱者を除くすべての就学予定者について、市町村教育委員会は、翌年一月末日までにその保護者に対し、入学期日の通知及び当該市町村の設置する小、中学校が二校以上ある場合は当該就学予定者の就学すべき小、中学校の指定を行わなければならないものとされている。そして、右通知及び指定の法的性質は、就学すべき学校との関係において具体的な就学義務を発生させる命令的行政処分と解されている。
ところが、原告らが本訴において確認の対象として主張するものは、その主張から明らかなように、いずれも五歳未満の子女の右通知、指定によつて具体的な就学義務が確定する前の権利ないし法律関係の存否である。そして原告らが本訴によつて右権利、法律関係の存否の確認を求める目的は、原告らの子女に対し将来被告各教育委員会が桜岡小学校または小城中学校への就学通知、指定処分を行わないことにより原告らの主張する就学権が侵害されるおそれがあるため、この法律上の不安定を除去することにあると解せられる。しかし、具体的、現実的な争訟の解決を目的とする現行訴訟制度のもとにおいては、将来ある処分がなされ、またはなされないことにより不利益を受けるおそれがあるというだけでは、その処分の発動を求め、またはその発動を差止めるため、事前にその前提となる権利、法律関係の確定を求めることは当然には許されず、その侵害される権利、利益の性質、侵害の程度、将来の処分がなされまたはなされない確実性、内容、性質等に照らし、右処分がなされまたはなされないことが確定した段階で事後的に右権利、法律関係を争つたのでは回復しがたい重大な損害を被るおそれがある等、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がある場合でないかぎり訴えの利益を欠き不適法となると解すべきである(最高裁判所昭和四七年一一月三〇日判決、民集二六巻九号一七四六頁参照)。
そこで本件について検討すると、原告らは少くとも行政区域としては被告三日月町に属しているから、前記就学手続からすれば、仮に原告らの目的とする桜岡小学校または小城中学校への就学通知、就学校指定処分がなされないとしても、少くとも三日月小学校、三日月中学校への就学が可能であり、同小学校、同中学校への通学が著しく困難もしくは危険であつてその就学が事実上不可能となるとか、いずれの小学校(または中学校)への就学もできなくなるというような事態が招来されるとは考えられないばかりでなく、教育委員会による入学期日通知処分等の具体的処分がなされた後に、事後的にその処分の取消(又は無効)を争う方法によつたのでは、原告に回復しがたい不利益を生じさせるとも考えられない。また、別紙原告目録(一)、(二)の子ども欄記載の子どもは、右通知、指定の基になる学齢簿にさえ登載されていないばかりか、仮に登載されたとしても、前記のとおり健康診断の結果、盲者、聾者、精神簿弱者、肢体不自由者、病弱者と判明した子どもについては、その保護者に右通知、指定は行われず、更には、保護者の転居等によつて当該市町村から転居する可能性もあるので、この意味において、将来確実に発生する権利義務とはいえない。この理は、原告ら主張の見解すなわち、憲法上一義的明確に特定の小、中学校に区域外の就学ができる権利が保障されるという見解、あるいは、原告らに慣習法上、桜岡小学校、小城中学校に子どもを就学させる権利があるとする見解を仮に採用するとしても同様である。したがつて、本件は、いまだ訴訟事件としてとりあげるだけの事件の成熟性を欠くのみならず、実際上も教育委員会の入学期日通知処分、就学すべき学校の指定処分がなされた段階で、これらの具体的処分の取消(又は無効)を訴求することによつて具体的な権利侵害に対する救済の目的を十分に達成することができるのであるから、本訴のように右通知、指定前の段階で訴の提起を認めるのは相当ではなく、結局不適法といわざるをえない。
なお、実質的当事者訴訟の当事者となるべき者は、権利義務の帰属主体であるから、本訴において原告の主張する就学権なるものの義務の帰属主体は被告三日月町または被告小城町であり、たんなる行政庁たる被告三日月町教育委員会、同小城町教育委員会は、被告適格を有しないというべきであり、本訴のうち右両被告を被告とする部分は、この点においても不適法である。
2 次に、本訴は、被告小城町教育委員会が原告らの子どもについて、桜岡小学校、小城中学校の入学期日通知、就学校指定をする権限があること、あるいはその義務があることの確認を求めるものすなわち、抗告訴訟として提起されたものとも考えられるので、その適法性について判断する。
まず、前記のとおり、学齢に達した児童に対しては、教育委員会が小、中学校の入学期日の通知、就学すべき学校の指定を行つてはじめて児童の保護者に具体的にその児童を就学させるべき義務が生じるのであり、本件で被告小城町教育委員会及び同三日月町教育委員会が就学年齢に達しない原告らの子女に対して桜岡小学校、小城中学校への就学を拒否し、三日月小学校、三日月中学校に就学するようにすすめたとしても、それは行政指導といわれるものの一種であつて、公権力の行使としてなされたものではないから、これを抗告訴訟の対象となる行政処分と解することはできない。
そこで、右通知、指定等の行政処分がなされる以前の段階で、裁判所が右行政庁の処分権限の存否について判断することが許されるかが三権分立制度との関係上問題となるが、現行行政事件訴訟法は、裁判所が行政処分がなされた後に行政庁の処分権限行使の適否を判断することを原則的な建前としており、行政処分がなされる以前に裁判所が行政庁の処分権限の存否について判断することが許されるのは、行政庁が一定の行為をなし又はなすべからざることが法律上羈束されていて、係争の処分権限を行使すべきか否かについて行政庁の第一次的判断を重視する必要がない程度に明白であり、かつ行政庁の行政処分がなされるのをまつて取消訴訟を提起したのでは国民の権利、利益の救済が得られず、回復しがたい損害を生ずるような緊急の必要性があると認められる場合であることを要すると解すべきである。
したがつて、本件訴が適法というためには、右の要件をみたす必要があるので、以下、この点について検討する。
思うに、憲法二六条の背後には、国民各自が一個の人間として、また一市民として成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利を有すること、特に、みずから学習することのできない子どもは、その学習要求を充足するための教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有するとの観念が存在していると考えられる(最高裁判所大法廷昭和五一年五月二一日判決、刑集三〇巻五号六一五頁)。しかしながら、右の子どものいわゆる学習権という憲法上の権利、理念をもつてしても、果してどのような小学校、中学校に子どもを就学させるべきかという具体的な基準は、一義的に明瞭になるとはいいがたい。かえつて、学校教育法、同法施行令では前記のとおり、市町村教育委員会は、学齢簿に登載された就学予定者のうち、所定の承諾書を添えて区域外就学の届出のあつた者などを除くすべての就学予定者に対し、入学期日の通知又は就学すべき小、中学校の指定を行わなければならない旨規定しているから、子どもは、その居住する市町村内の小、中学校に就学することを原則としているものと解され、他の市町村内の小、中学校に就学しようとする者は、その市町村の教育委員会から区域外就学の承諾という特別の手続を経たうえ、その旨の承諾書を添えて区域外就学の申出をする必要があるのである。
したがつて、法は、就学予定者を何れの学校に就学させるか、及び区域外就学を認めるか否かについては、その第一次的判断を教育委員会に委ねたものというべきであり、本件について、以上のような教育委員会の第一次的判断を重視する必要がないほどに、右判断が法律上覊束されており、自由裁量の余地が全く残されていないほど明白であるとはいいがたい。のみならず、本訴においては、教育委員会の区域外就学についての不承諾、入学期日の通知、就学すべき小、中学校の指定等をまつて、これに対して取消訴訟(又は無効確認の訴)を提起したのでは、原告らの権利、利益の救済が得られず、回復しがたいほど重大な損害を生じるような緊急の必要性が存しないことは前記1に判示したとおりである。
また、仮に本訴の適法性を許容するとすれば、被告三日月町教育委員会が将来原告らに対して行う可能性のある三日月小学校及び三日月中学校の入学期日通知処分を事前に阻止し、更に被告小城町教育委員会に対しては、原告らに対し、桜岡小学校への指定処分及び小城中学校への入学期日通知処分を(市町村教育委員会の承諾書を添えて区域外就学の届出をするという手続すらなくして)なすべきことを事実上義務付けるに等しい効果をもたらすから、この点においても本訴の適法性には大きな疑問がある。
そうであるとすれば、本訴が抗告訴訟の性質を有すると考えた場合にも、例外的に事前の司法審査を求めうる場合にあたらず、不適法といわざるをえない。
二 以上のとおりであるから、本訴は、これを実質的当事者訴訟ととらえるにせよ、抗告訴訟とみるにせよ、いずれにしても不適法である。
よつて、本件訴は不適法として却下することとし、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 綱脇和久 森野俊彦 甲斐哲彦)
当事者目録<省略>
原告目録<省略>